大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)359号 決定

第三五八号事件抗告人

志染住宅株式会社

右代表者代表取締役

長田一美

右代理人弁護士

下山量平

正木靖子

第三五九号事件抗告人

日新信用金庫

右代表者代表理事

佐野一成

右代理人弁護士

貞松秀雄

主文

原決定(本件売却許可決定)を取消す。

本件を神戸地方裁判所へ差し戻す。

理由

一抗告人志染住宅株式会社の本件抗告の趣旨及び理由は別紙一記載のとおりであり、抗告人日新信用金庫の本件抗告の趣旨及び理由は別紙二記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  職権をもつて調査するに、一件記録(本件記録のほか関連事件である神戸地方裁判所昭和五八年(ケ)第二一八号事件、同昭和六〇年(ケ)第三六四号事件の記録を含む。なおこれらの事件をそれぞれ第二一八号事件、第三六四号事件と略称する。)によると、次の事実が認められる。

(一)  執行裁判所である神戸地方裁判所(以下、本件執行裁判所という。)は債権者日新信用金庫、債務者山本隆司及び所有者高橋敬治を当事者として、昭和六〇年九月二四日、別紙物件目録(1)の(イ)、(2)及び(3)記載の物件(以下、物件(1)の(イ)、(2)、(3)という。)につき不動産競売開始決定をした(同月二七日、差押登記)。そして第三六四号事件において債権者日新信用金庫、債務者兼所有者三徳興産株式会社を当事者として、同年一〇月二二日、別紙物件目録(1)の(ロ)の物件(以下、物件(1)の(ロ)という。)につき不動産競売開始決定をした(同月二三日、差押登記)。

(二)  本件執行裁判所は、昭和六〇年一一月七日右両事件につき、物件(1)の(イ)及び(ロ)と同(2)及び(3)を、それぞれ一括売却に付するものとし、同年一一月二二日次のとおり期間入札を実施した(第一回入札)。

入札期間  昭和六一年一月一七日から同月二四日まで

入札期日  同月二八日午前一〇時

売却決定期日  同月三一日午前一〇時

最低売却価額(買受申出の保証の額)

内訳個別売却価額  一括売却総額

物件(1)の(イ) 五五五万円

物件(1)の(ロ) 一八五万円)七四〇万円(一四八万円)

物件(2) 一、二八八万円

物件(3) 二、二一五万円)三、五〇三万円(七〇〇万六〇〇〇円)

しかし、全物件についていずれも適法な買受けの申出(入札)がなかつた。

(三)  続いて、本件執行裁判所は、昭和六一年一月三一日次のとおり期間入札を実施した(第二回入札)。

入札期間  昭和六一年三月七日から同月一四日まで

開札期日  同月一八日午前一〇時

売却決定期日  同月二四日午前一〇時

最低売却価額及び買受申出の保証の額は、第一回入札に同じ。

しかし、物件(1)の(イ)及び(ロ)については後記のとおり入札があつたが、物件(2)、(3)については適法な買受けの申出(入札)がなかつた。

すなわち、物件(1)の(イ)及び(ロ)については、三木市別所町所在の有限会社西原建設の代理人松田幸男(本件執行裁判所に常時出入する常連の競売ブローカーと思われる。)から価額八五二万円で買受けの申出があり、又、神戸市兵庫区小出町居住の竹下昭一郎から時価七四二万円で買受けの申出があつたので、本件執行裁判所は同年三月二四日、右西原建設に対し右価額で売却を許可する旨の決定をし、ついで五月二二日、その配当期日を六月一〇日午後二時と指定した。

(四)  ところで同月五月三〇日(金曜日)、前記松田幸男から、伊井義忠(住所神戸市北区鈴蘭台北町二丁目四ノ四)の代理人として、物件(2)及び(3)について特別売却の方法で買受けたい旨の上申書が提出されたので、本件執行裁判所は、即日、民事執行規則(以下規則という。)五一条一項に基づき、右物件について、入札又は競り売り以外の方法によつて売却する旨の特別売却決定をし、同庁執行官(以下、本件執行官という。)に対し、次の内容による特別売却実施命令をした(他に特段の売却条件は付されていない。)なお、本件執行裁判所は、昭和六〇年一〇月、あらかじめ特別売却について意見を求め、同月九日付で債権者代理人貞松秀雄弁護士から異議なしの回答を得ていたものである。

(1)売却実施期限 昭和六一年七月二二日

(2)最低売却価額(買受申出の保証の額)

物件(2) 一、二八八万円(二五七万六〇〇〇円)

物件(3) 二、二一五万円(四四三万円)

(3)買受申出の保証の提供は、金銭又は当裁判所が相当と認める有価証券を執行官に提供する方法による。

(4)売却実施の方法

物件(2)、(3)は一括売却に付する。

(五)  本件執行裁判所書記官は、五月三〇日、債権者、債務者、所有者らに対し、物件(2)、(3)について特別売却(一括売却)を実施すべき旨が命ぜられたこと、売却の方法は、上記価額により執行官が同年七月二二日までの間に任意の相手方と折衝のうえ買受人を定める手続きによる旨、並びに迅速な売却実施を図るため被通知人又はその知人等で買受希望者があれば執行官に連絡されたいとの通知をした(売却の公正を期するための売却開始日前の一般広告等の措置はとつていない。)。

そして直ちに本件執行官において、前記特別売却実施命令に基づき物件(2)、(3)を売りに出したところ、同年六月二日、前記伊井義忠の代理人松田幸男から、本件執行官(植月保執行官)に対し、保証は同月九日午後五時までに現金で提出する旨を付記した買受申出書が提出された。

ところが右松田は同月七日(土曜日)午前中、右の保証金の提出予定期限を繰上げて右植月執行官に対し保証として金七〇〇万六〇〇〇円(日本銀行神戸西代理店発行の保管金領収証書)を提出してきたので、同執行官は同日、次のとおりの特別売却調書を作成し、これに代理人松田の署名押印をさせた(買受申出の年月日は、初め六月二日と松田が記載していたのを、植月執行官が六月七日と訂正した。)。

不動産の表示 物件(2)、(3)

買受申出人 伊井義忠

右代理人 松田幸男

買受申出の額 三、五〇三万円

買受申出の年月日 昭和六一年六月七日

提出された買受申出の保証 七〇〇万六〇〇〇円

そして本件執行官は、六月九日(月曜日)午前中に右特別売却調書を右保管金領収証書とともに本件執行裁判所に提出した。

(六)  ところで一方、債権者代理人貞松秀雄弁護士は、本件執行裁判所書記官から、前記五月三〇日付の特別売却実施の通知を受けた(その通知書欄外にボールペン書で「61 7/22まで」との加入部分が記載されていたので、同弁護士はこれを「迅速な売却実施を図るため、被通知人又はその知人等で買受希望者があれば昭和六一年七月二二日までに当庁執行官に連絡されたい」という意味に読解した)ので、右通知の趣旨に副うべく買受希望者を探していたところ、三木市志染町広野一丁目二七番地所在の志染住宅株式会社(第三五八号事件の抗告人、以下志染住宅と略称する。)において四、五〇〇万円の価額で買受けてもよいとの意向があることを了知したので、六月七日午前一一時三〇分頃、本件執行官に対し、電話にてその旨の申出をしたが(この時点で前示(五)の特別売却調書が作成されていたかどうか不明である。)、同執行官は、すでに他から買受希望者が出たので爾余の申出は受付けができない旨を回答したところ、同弁護士は、売却実施期限の七月二二日までに買受申出をすることができるのであり、その間、より高額の申出があれば、その者に売却すべきではないかと反論した。これに対し同執行官は申出の早い者に売る旨を答えたが、右弁護士は執行官とは話にならぬ故裁判所の競売係と交渉すると言い、その交渉を経た後再度電話で裁判所の競売係では一応受け付けるということであるから明後日(六月九日、月曜日)に保証金を持参すると申し入れた。

このようないきさつから、抗告人志染住宅は、六月九日、本件執行官に対し、保証金として現金七〇六万円を持参し(ただし前記保証金額七〇〇万六〇〇〇円をこえる金額であつたが、提供者の同意を得たので同執行官は七〇六万円を保証金額とした。)、四、五〇〇万円の価額をもつて買受けの申出をしたところ、本件執行官は、右現金を日本銀行神戸西代理店に納金し同代理店発行の保管金領収証書を午後一時までに提出するよう誓約させた上、右買受申出書を受理し、右期限までに領収証書の提出があつたので、次のとおり特別売却調書を作成し、これに同社代表取締役長田一美の署名押印をさせた。

不動産の表示 物件 (2)、(3)

買受申出人 志染住宅株式会社

買受申出の額 四、五〇〇万円

買受申出の年月日 昭和六一年六月九日

提出された買受申出の保証 七〇六万円

しかし同執行官は同日中に、右特別売却調書を本件執行裁判所に提出せず、翌六月一〇日に至り漸く提出し、前記六〇七万円の保管金領収証書は右売却調書と同時提出せず、翌六月一一日に至り遅れて同裁判所に提出した。

(七)  本件執行裁判所は、六月九日、売却決定期日を同月二三日午前一〇時と指定し、同裁判所書記官は直ちに債権者、債務者、所有者及び前記買受申出人伊井義忠及び同志染住宅にその旨を通知し、そして、その後売却決定期日である同月二三日、前記伊井義忠に対し、同人が物件(2)、(3)について金三、五〇三万円の額で先順位買受けの申出をしたとの理由で、売却許可決定をした。

(八)  ところで、本件競売物件(2)及び(3)については、前記物件(1)の(イ)及び(ロ)とともに、本件競売事件に先行する前記第二一八号事件において、不動産競売に付され、都合三回の期間入札と一回の特別売却が実施されたが買受けの申出がなかつたので、当該執行裁判所ではこれらの物件の再評価を神戸地方裁判所評価人である大家通孝不動産鑑定士に命じ、同評価人から昭和六〇年七月一日評価書(以下大家評価書と略称する。)が提出された。しかし同事件においては、右評価書に基づく最低売却価額についての不動産競売は一度も実施されず、結局、同年一一月一日、債権者日新信用金庫代理人貞松秀雄弁護士から競売申立取下書が提出された。

そして右第二一八号事件においては、同じく神戸地方裁判所評価人である大士修不動産鑑定士に対し既に評価が命ぜられ、同評価人から昭和五九年三月五日評価書(以下大士評価書と略称する。)が提出されたので、当該執行裁判所はこれに基づいて、次のように最低売却価額を決定し、前述したように三回の期間入札、一回の特別売却に付したのである。

内訳個別売却価額 一括売却総額

物件(1)の(イ) 二、〇七五万五〇〇〇円

物件(1)の(ロ) 七一五万五〇〇〇円)二、七九一万円

物件(2) 五、〇七二万〇〇〇〇円

物件(3) 一、五七八万〇〇〇〇円)六、六五〇万円

(九)  これに対し、前記大家評価書に基づく本件競売事件の最低売却価額は、前記(二)において記述したとおりであり、右大家評価書と大士評価書との間には、評価年月日(前者が昭和六〇年六月二三日、後者が昭和五九年三月一日)の点でその間約一年三ケ月余の隔りがあるが、対象物件は全く同一であり、物件の所在位置、街路・交通接近事情、付近の状況(近隣の地域的特性)、公法上の規制、物件の概況(接面道路、形状、地勢、供給処理施設等)とその利用状況(特に物件(3)の一部を賃借人多田耕一ら家族が居住占有利用している事情)等もその前後において殆ど大差がなく、また両評価書とも、評価の過程は取引事例比較法に基づく比準価格及び土地残余法による収益価格とを相互に関連づけるとともに公示価格との均衡を考慮して一平方メートル当りの更地価額を算定しこれを基礎として各評価額を導いているところ、右更地価額は大士評価書が一三万円と算定しているのに対し大家評価書は一四万円と算定しており、評価の基礎金額において大きな差はない。のみならず、右物件(2)の土地及び同地上の(3)の建物は神戸市垂水区市街地の西部に所在し中小規模の一般住宅等が立ち並ぶ新旧混在の住宅地域にあつて市場価格の形成(可能性)は十分期待できる。

ところが評価額については、物件(1)の(イ)及び(ロ)の一括最低売却総額が、大士評価書では二、七九一万円であるのに対し大家評価書では七四〇万円と約四分の一近くに低額評価され、同(2)及び(3)物件の一括最低売却総額については大士評価書が六、六五〇万円であるのに大家評価書は三、五〇三万円と約半分近くの低額評価となつており、しかも、右(2)の土地と(3)の建物との評価が前者は(2)が五、〇七二万円、(3)が一、五七八万円と土地評価額が建物評価額を上回っているのに対し、後者は(2)が一、二八八万円、(3)が二、二一五万円と土地評価額が建物評価額を下回り、いわば逆転的評価となつている。このように大家評価書は大士評価書と比較するとき、前示のとおり、評価条件ないし要因にはさほどの変化がないにもかかわらず評価額の点で大きな相違があり、客観的価格の評価として疑義を差し挟むところがあり、検討吟味を要する問題点を多く含んでいる。

2  そこで検討するに、不動産の換価手続については、現行の民事執行法(以下、法という。)六四条一、二項により執行裁判所の定める売却の方法によるものとし、その具体的方法については、規則三四条の期日入札、期間入札及び同五〇条の競り売りのいわゆる競争売却の方法(以下、「競争売却」という。)をとるほか、規則五一条一項により、これら入札又は競り売りの方法により売却を実施させても適法な買受けの申出がなかつたときは、執行官に対し、他の方法により不動産の売却を実施すべき旨を命ずることができるのであるが、同法による改正前は、不動産の換価手続は入札又は競り売りの方法こそ、執行裁判所の強制執行における適正な競売価額形成の唯一の、原則的方法として堅持し実行されてきた。ところが今次改正に伴い、現行法は、この原則を維持しつつも補完的な売却方法として、執行裁判所は執行官に対し右以外の方法による売却実施を命じうることとした。従つて特別売却はあくまでも例外的、補充的な売却方法に過ぎず、執行裁判所又は執行官において、可及的迅速に売却の実現を図るため、売却条件の設定その他かなりの自由裁量、創意工夫に委ねられているものの、裁判所が行なう不動産の売却としての公正な手続の履践を義務づけているものといわねばならない。すなわち、不動産競売手続における不動産の換価については、債権者及び債務者をはじめ他の債権者など多数の利害関係人の利害の調整を図るため、対象不動産を適正、迅速かつ、より高額に売却することが要請されており、この要請は、一旦執行裁判所が補完的に特別売却を選択した場合においても、依然としてその背後に潜在するものであることは否定できない。

ところで最低売却価額は、不動産に対する強制執行及び担保権実行における不動産の売却(以下「競売」という。)に当たつて、それに満たない額では売却しない最低限度の価額で評価人の評価に基づき定められるものであるところ、不動産売却における適正な最低売却価額の決定は競売制度における基本的課題であり売却手続全体を通じ最も重要な意味を持つている。そして競争売却は、この最低売却価額を最低限としてより高額な売却価額の実現へ向け、広くかつ多数人の競争による競売価額の形成を意図するものである。ところが特別売却の実施は、以上のような競争売却とは異なり、いわば競争原理を後退させ、執行裁判所が定めた最低売却価額をもつて迅速、適正な売却を実現しようとするものであるから、競争による適正な最終売却価額の形成が期待できる入札または競り売りの場合以上に、物件評価の客観性、正当性の確保と適正な最低売却価額の決定は極めて重要といわなければならない。従つて競売物件の評価及びこれに基づく最低売却価額が不動産の客観的価値に比して著しく低額である場合は、法七一条六号に照らし売却不許可決定を免れないものである。

よつて本件についてみるに、前認定1の各事実の経過、特に前叙1の(三)ないし(九)の本件特別売却実施の経緯及び大士評価書と一件記録に現われた手続の全趣旨を総合勘案すると、本件物件(2)及び(3)の特別売却の実施手続は、必ずしも公正な進め方であつたとはいい難いし、より高額な新買受人が現われているなどの事情に照らし原裁判所において裁量により特別売却決定を取消すべきものとして、この特別売却の手続に法七一条七号所定の重大な誤りがあると認められるか否かについて問題があるが、このことは暫くおくとしても、少くとも右物件の評価(大家評価書)とこれに基づく最低売却価額は、前示大士評価書及びこれに基づく最低売却価額もいささか高額にすぎるとはいうものの、各不動産の客観的価額に比し著しく低額であるといわざるを得ず、従つて法七一条六号所定の最低売却価額の決定に重大な誤りがある場合に当たるものというほかはない。

3  抗告人志染住宅の抗告については、同抗告人は、本件売却許可決定に対し、直ちに異議をとどめるため同決定期日後も自己の権利を留保し、特別売却調書の作成を得たうえ買受けの申出の保証金の返還を受けないでおり、自己への売却許可を求めることができる買受申出人であることを主張していることが明らかであるから、抗告の利益を有する。

三結論

よつて、原決定(本件売却許可決定)はこれを取消し、更に本件執行裁判所において、新たに適正な不動産評価に基づき最低売却価額を決定したうえ、再度入札又は競り売りの方法により物件(2)、(3)の売却を実施させるのが相当であるから、本件を原審へ差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

別紙物件目録

(1)のイ 神戸市垂水区舞子坂三丁目九七一番二

原野(現況宅地) 三〇九平方メートル

(1)のロ 同市垂水区舞子坂三丁目九七一番九

原野(現況宅地) 一〇四平方メートル

(ただし、昭和六〇年(ケ)第三六四号)

(2) 同市垂水区舞子坂三丁目一〇六四番地二〇五

山林(現況宅地) 六四四平方メートル

(3) 同市垂水区舞子坂三丁目一〇六四番地二〇五所在

家屋番号 一〇六四番二〇五

木造瓦葺二階建 居宅

床面積 一階 一〇〇・四六平方メートル

(現況、一階約一・六五平方メートル増築)

二階 五九・六二平方メートル付属建物

コンクリートブロック造陸屋根平屋建車庫

床面積 二〇・三七平方メートル

(抗告人 志染住宅株式会社)

別紙一 抗告の趣旨

原決定を取消し当該売却を不許可とする

抗告の理由

一、別紙目録記載の不動産に対する前記競売事件につき、昭和六一年五月三〇日入札又は競り売り以外の方法による売却を実施すべきことが命ぜられた。そして同不動産は一括売却とし、その最低売却価格は合計金三五〇〇万円とした。

二、そのうえで神戸地方裁判所執行官は、買受申込の期日を昭和六一年七月二二日までと定めた。

三、抗告人は昭和六一年六月九日に執行官に対して買受価格を金四五〇〇万円として買受の申出をし同日保証金として金七〇六万円を執行官に納付した。

四、しかるにこのたび売却許可決定のあつた買受申出人は昭和六一年六月七日にその買受価格を金三五〇〇万円として申込をしているところ抗告人は最高価買受申出人であるにも拘らず抗告人に対して売却許可決定をしなかつたのは違法である。

五、尚金三五〇〇万円の買受申出人に売却許可決定がなされたのは申出の先着順であるとの説明がなされたようであるが、先着順という条件はどこにも付されておらず、かつ執行官は七月二二日まで買受の申出を受けつける処置をしており、しかも申込の後順位の抗告人より保証金を受領しているのであるから先着順ということはありえず、最高価買受申出人の抗告人に売却許可をすべきであり、当該決定は取消されるべきである。

添付書類〈省略〉

(抗告人 債権者 日新信用金庫)

別紙二 抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、兵庫縣三木市志染町広野一丁目二七番地

志染住宅株式会社

上記代表者、代表取締役 長田一美に別紙物件目録記載の不動産について金四五、〇〇〇、〇〇〇円の額で買受けの申出をしたので売却を許可する。

三、更に相当の裁判を求む。

上記の裁判を求む。

抗告の理由

原審がなした売却許可決定は、民事執行法第二節、第一款第二目の規定および同法第七四条、第七一条、民事執行規則第五一条に違背しているから取消し、金四五、〇〇〇、〇〇〇円で買受申出をした志染住宅株式会社に売却を許可すべきである。抗告理由の詳細は民事執行法第一〇条所定期間内に理由書をもつて陳述する。

添付書類〈省略〉

〔抗告理由書〕

(神戸地方裁判所昭和六一年(ソラ)第一二号執行抗告事件)

神戸地方裁判所昭和六〇年(ケ)第三〇五号不動産競売事件につき、同裁判所が昭和六一年六月二三日別紙目録記載物件(以下単に本件物件という)についてなした売却許可決定に対し、抗告人たる競売申立債権者は、同月二八日執行抗告申立をしたが抗告状に抗告理由を記載しなかつたから、茲に以下のとおり抗告理由を陳述する。

(第一)原決定は次のとおり売却手続に重大な誤りがある。

一 昭和六一年五月三〇日原審は本件物件の売却に関し、利害関係人たる抗告人に次の書面を普通郵便で発送した。

イ、入札又は競り売り以外の方法による売却(民事執行規則第五一条一項所定)を実施することを決定した。

ロ、売却の方法は、一括売却で最低価額三、五〇三万円で昭和六一年七月二二日までに執行官が任意の相手方と折衝のうえ買受人を定める手続による。

ハ、迅速な売却実施を図るため被通知人又はその知人等で買受希望者があれば執行官に連絡して下さい。

二 六月二日訴外伊井義忠(以下単に伊井という)は、保証金七、〇〇六、〇〇〇円は六月九日午后五時までに提出することを付記した買受申込書を神戸地方裁判所執行官に提出した。

同月七日(土曜日)執行官植月保は伊井に係る特別売却調書を作成して原審に提出すると共に、同人提出の保証金七、〇〇六、〇〇〇円を同裁判所に引渡した。

三 同月九日(月曜日)抗告人が買受申込を斡旋した志染住宅株式会社(以下単に志染住宅という)は、執行官に対し代金四、五〇〇万円で買受申込をなし、執行官植月保はこれを受付け志染住宅に係る特別売却調書を作成して原審に提出すると共に保証金七〇六万円を原審に引渡した。

四 同月九日原審は売却決定期日を同月二三日午前一〇時と定め、即日その旨を普通郵便で抗告人に通知した。

五 同月一一日抗告人は志染住宅の買受申込の許否が売得金において金九九七万円の差異が生ずるために上申書をもつて志染住宅に売却決定されるように民事執行法(以下単に法という)第七〇条に基き意見を陳述した。

六 同月二三日原審は伊井の買受申出が先順位であるとの事由で同人の申出に売却を許可したものである。

七 民事訴訟法第六編と競売法を廃して施行された法は、執行目的物を迅速且つ適正な価額で売却することを目的とし、債権者と債務者間の利害の調整を図りつつ執行手続を迅速、適正に遂行することを主眼としている。

担保権実行による競売は、担保不動産を国家の執行機関が売却換価し、その代金をもつて執行債権の満足を図る不動産執行の一方法であり、而じて債権の満足とは金銭回収の早期実現もさることながらより多額の売得金の獲得を期待するものであることは多言を要しないところである。

八 伊井の買受申込と保証金の提供は六月七日である。

民事執行規則(以下単に規則という)

第五一条五項は

「執行官に対し買受の申出があつたときは、速やかに………調書を作成し、保証として提出された金銭と共に、これを執行裁判所に提出しなければならない」ことを命じているために植月執行官は、六月七日は土曜日であり午后は執務しない官庁であるのに、上記の定めに従い即日伊井に係る特別売却調書を作成して即時に執行裁判所に提出している。

日曜日の一日を置いた六月九日午前一一時三〇分に志染住宅が代金四、五〇〇万円で買受申込をしたので、植月執行官はこれを受付け、伊井の場合と同一の処置をしている。

原審は六月九日に売却決定期日を定めているが、この売却決定期日を定めた時点では時間的にみて既に志染住宅の買受申込がなされていたことは間違いがない。

伊井と志染住宅の両者の買受申込の間に一日の間隔はあるがこの一日は休日であるから実務面から言えば相接続した日に両名の申込があつたということができる。

九 原審が抗告人に送達した特別売却に関する通知書には

「売却の方法は、下記のとおりの価額により六一年七月二二日迄に、執行官が任意の相手方と折衝のうえ、買受人を定める手続によります。」

等の記載があることは既述のとおりでありこの文面は

イ 期限を昭和六一年七月二二日までと期間をもつて表示しているからこの期間内に買受申込をなせばよいこと。

ロ 執行官が任意の相手方と折衝して買受人を定める手続によること。

を定めており、従つてこの通知を受けた抗告人としては七月二二日までに執行官に最高価額で買受申込をなせば本件物件の買受人としての権利を取得できると考えるのは当然である。

一〇 然るに原審が売却期限を定めてこれを利害関係人に前記のような文章で通知した限り、更に既に買受申込がありこれを受付けた以後は、申込受付をしない旨通知しない限り、少くとも利害関係人との関係においては、期限を厳守すべきは当然であるにかかわらずこの挙に出ず期間内である六月二三日を売却実施期日と定め、同日売却許可決定したのは違法である。

(第二) 原決定には次のとおり売却手続に重大な誤りがある。

一 法は、売却方法を入札と競り売りを原則としているが、不動産の最低競売価額が適正、妥当なものとなるよう規律されているため、売却方法を上記二種に限定することなく最高裁判所規則で定める方法によることができることとし(法六四条二項)これを受けて民事執行規則(以下単に規則という)第五一条一項は、執行裁判所は入札競り売りの方法で売却を実施しても適法な買受人の申出がなかつたときは、執行官に、他の方法により不動産売却を実行すべき旨の売却実施命令(以下単に売却命令という)を発することができる旨を定めている。

この特別売却実施の方法に関しては規則第五一条の一ケ条の定めがあるだけで他に規則は存しないから特別売却はこの条文と特別売却実施命令に付記された条件に従い法が前叙のとおり手続の迅速と適正を図つている目的に合致するよう運用すべきであることは当然である。

二 特別売却実施命令に付記された条件は前記のとおりであつてそれ以外何らの条件は付記されていない。

売却手続について

「執行官が任意の相手方と折衝のうえ買受人を定める手続によります」

と述べているのであつて、七月二二日迄に最高価額に買受申込をした者を買受人にするとも、またこの期間内に真先に買受申込をした者を買受人にするともきめていない。

只、買受申込者があつた場合、このものが売却条件を充足する限り、執行官はこの申込を受付けて特別売却調書を作成しこの調書に買受申込人をして署名捺印せしめている。

この署名捺印は買受を確認する意味のもので特にこれより法律効果を発生せしめる程のものではないが、仮にこれを買売契約的のものと看るなら植月執行官は伊井の時点で既に売買が成立しているから志染住宅につき特別売却調書は作成し得ないのが当然であるに拘はらず同執行官はこの挙に出ず両者に調書を作成しているのは植月執行官は買受の相手方を定めていなかつたとみるべきである。

三 原審は売却許可決定で伊井が「先順位買受けの申出をしたので売却を許可する」と決定理由を述べている。然し買受申込人が複数であつた場合に先順位買受申込人を買受人と定める旨の規則は勿論特別売却通知にも告知されていないことは既述のとおりである。

原審が先順位買受申込人に対して売却を許可し、同人をして目的不動産の売却を求める権利、実体法上目的不動産の所有権を取得する権利を得さしめるものであれば、その旨を告知すべきが当然であり、法規にそのようなことを告示すべき定めがないからといつて告示する必要はないと判断するのは違法である。

四 特別売却においては、規則は通常の場合には買受申込人は只一人であろうと予想し保証金の提供方法次順位申込人の省畧をなしているが、本件のように複数の買受人が出現したときは売却条件に先順位申込人を買受人とする旨の定めがない限り単に先順位買受の申出であることのみを理由として、そのものに売却を許可することは、法が目的不動産を適正な価額で処分しもつて担保債権者の満足を図らんとする趣旨を浸却する違法な手続で重大な誤りである。

(第三) 原決定は次のとおり売却手続に重大な誤りがある。

一 特別売却においても法所定の手続および売却条件は適用になることは多言を要しないところ、本件において売却命令通知書に記載されている売却条件は既述のとおりである。

本件において二ケの相接して提出された金三、五〇三万円と金四、五〇〇万円のこの申出は、原審が定めた売却期限内であると共に、一日曜日を挾んで、相接続したものであつたから特別売却を命ぜられた植月執行官はこの複数の買受申込を受付けている。

二 特別売却は通常は、複数のものの競売にならないから最初に適法な、本件では最低売却価額三、五〇三万円で買受けの申出をした伊井が買受人となり次順位申出人の取扱いはないから、伊井より以後になされた申出を執行官は受付けないところ志染住宅の申出は、伊井のそれより九九七万円も高額であり正常競売においては、最高価買受申出であり、最高価買受申出人として取扱うべきところであるから、前記の複数の買受申出を受付け、もつて、いずれの申出を売却許可にするかの判断を、原審に委ねたものとも解することができる。即ち売却命令において売却方法を一括売却とのみ定め、買受人の定める手続は執行官に委任した本件においては、買受申出人を買受申出の順序によるか、申出価額の高低によるかは執行官の委任事項とみるべきだからである。

そうすると不動産売却方法の原則に立ち帰り最高価買受申出をした志染住宅を最高価買受人として定めることこそ法の本旨に合致するものである。

三 入札又は競り売りの方法は不動産売却の原則的方法であり通常は多数の買受希望者の競争による買受の申出を受付け、そのうちの最高価の申出をしたものに売却する方法によるのが適正な価額による売却を実現する方法であることは法の規定するところである。

最高価額の申出をした買受人は、自動的に最高価買受申出人となり、このものに対する売却が適正な売却であつて目的物件を適正に売却する唯一の方法であり、債権者と債務者間の利害即ち債権者の満足と債務者の弁済による債務の消滅或は債務額の減少を図るという法の趣旨に合致するからである。然るに原審が特別売却における売却方法の柔軟性を曲解する余り、法本来の趣旨を脱却し、伊井の買受申出に対して売却を許可したのは、売却の手続に重大な誤りがあると言うべきであるからこれを取消し、最高価買受申出をした志染住宅に対し売却せらるべきである。

四 民事執行法は手続の迅速化と価額の適正化を目途として制定されたところ、手続の迅速化を図れば手続はややもすれば簡潔粗雑となつて適正化を実現することは困難となり、適正化を図ればいきおい手続の進行に慎重となり迅速な処理は期し難い。

特別売却は原審が定めた売却実施方法以外の手続は、執行官に一任されているものではあるが、本件のように相接続して複数の買受申出があつた場合に執行官が買受人を定める手続について、執行裁判所は手続の迅速と適正を図る具体的方法を指示して、特別売却実施命令を発すべきところ斯る処置をなさずして漫然と売却手続を進めた原審は、この点においても売却手続に重大な誤りがあつたと言わねばならない。

五 更に本件特別売却において植月執行官は複数の買受申込を受け付けており、且つこの買受申出価額には九九七万円の高低差があることに鑑み、原審は特別売却実施命令を取消し、伊井と志染住宅の買受保証金はそのまま存続せしめて入札又は競り売りによる多数のものの競争による売却に変更するのも妥当と思考される。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例